くろやん☆ワールド

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SNSの発達と不寛容社会がもたらすサービス業への弊害について

どうも!人生限界ブロガーのくろやんです!

 

大学時代に始めた今の仕事も初勤務から間もなく5年が経とうとしています。

社会人時代の1年間のブランクがあるので正確には4年間従事していることになりますが、どちらもサービス業ということで、サービス業に5年以上携わってきているといえます。

 

目まぐるしく変わっていく社会の中で、やはりサービス業のあり方もこの5年間で大きく変わっている気がします。

 

その中でもわいが一番感じているサービス業の変化があります。

 

 

 

 

それは明らかにこの5年間だけでもお客さんに供給するサービス量が増えているということです。

 

 

 

過剰サービスと言わざるを得ないようなこともすることが増えました。

もちろん、それに合わせてサービスを提供する側の仕事量も比例して増えています。

 

 

サービス業に従事している人は確実に同じことを思っているはずです。

 

一体なぜこのようなことが起きているんでしょうか。

このサービス供給の増加はSNSの発達不寛容社会がもたらしているものだと思います。

 

今日はちょっと真面目な内容になりますが、この2つがもたらした過剰サービスの実態とそれに対する意見を書いていこうと思います。

 

 

 

過剰サービスの実態

 

日本を訪れる外国人旅行者は日本のサービスの質の高さに感銘を受けるといったことが多いようです。

 

日本人からすれば当たり前のように受けてきたサービスもグローバル基準で考えると最高峰と言えるサービスの数々だということです。

 

 

日本のサービスの質が高いという評価は、日本人にとってとても誇らしいことですし、他国にはない日本の一つの魅力として今後も発信できるものだと思います。

 

ただ、そのサービスが過剰に供給されているのではないかと思う場面もあります。

 

 例えば・・・

 

買った商品を店外まで持って行ってお見送りする行為

不在でも何度も宅配してくれるサービス

マックのスマイル0円

 

 

などなど挙げるとキリがありません。

 

正直上のようなサービスをわいは必要とはしていません。

宅配も割と営業所まで取りに行ったりしています。

 

過剰なサービスは時にうっとうしいと思われることもあります。

 

 

要らないポイントカードを勧めてくる

居酒屋やラーメン屋のよく分からない大声での掛け声

美容院での会話

 

 

もちろん営業利益向上の一環としてやっているのだと思いますが、果たしてこれで一体何が変わるのかと感じるようなものもいっぱいあるんですよね。

 

サービスを提供するにも労働力がかかります。

過剰サービスでうっとうしがられるなんて、はっきり言うと労働力の無駄遣いになります。

 

日本は高い技術を持っていながら、労働生産効率が低いと言われているのはこの過剰サービスが大きな原因を占めているのは明らかです。

 

確かに線引きは難しいですけれども、もう少し効率的に進めていく方法は必ずあります。

 

 

しかし、日本のサービス業の現状はさらに高いサービスを追求する動きがあり、過剰サービスも増え続けています。

 

これにSNSの発達と不寛容社会が大きく関連します。

 

 

 

 

SNSの発達

 企業はSNSでの悪評の拡散を恐れている

5年前の2012年はLINEが急速に普及した年です。

最初は若い人の間で普及したLINEも今や様々な年齢層の方が利用しています。

 

TwitterFacebookなどもこの5年間で利用者層の拡大が見られるようになったのと、単純に利用者数も増加してきました。

 

 

自由に投稿できるのがSNSの強みですが、サービス業にとってこのSNSが脅威になる事があります。

 

考えてみれば簡単な事ですが、悪いうわさがSNSで流れればその噂は一気に拡散されます。

そのお店についてよく知らない人々もSNSの噂を鵜呑みにして勝手に悪いイメージをもってしまいます。

 

もちろん良い噂も拡散されるメリットも存在しますが、比率的には悪い噂の方が勝っているはずだし、良い噂のメリットを全て打ち消して一気にどん底に落とすほどの悪影響があります。

 

 

当然サービスを提供する側の企業はこのSNSで悪評を書かれないよう、CSアンケート等で悪い評価をもらった部分に関しては即改善という流れになっています。もちろんその対策と改善には労働量の追加があります。

 

 

 

ノイジーマイノリティが生産性を落としている

 

ノイジーマイノリティという言葉を知っていますでしょうか。

一言で表すと「声高な少数派」「声だけはデカい少数者」という意味です。

 

一般的に日本はこのノイジーマイノリティの意見を聞きすぎているため、過剰サービスが生まれ、労働の生産性が落ちていると考えられています。

 

極端な意見やクレームですら、誠意に対応しなくてはならない。今の日本にはこのような風潮がとても強いと思います。

 

過激な考え方かもしれませんが、わいが何かの経営者なら極端な少数意見は完全に無視すると思います。

 

 

誰にでも完璧なサービスというのは実現可能性が著しく低く、何かしら粗を探そうとすれば一つや二つくらい出てきます。

 

これらの小さな粗を指摘され、その都度改善していくようなやり方はハッキリ言って非効率だしやめた方が良いというのがわいの考え方です。

 

 

 

不寛容社会

 

不寛容社会がもたらすサービス業への影響

 

今の日本は不寛容社会だと言われています。

他人を許すことが出来ず、常に怒っているといった社会です。

 

過剰な批判やバッシングなどの攻撃的な発言などがサービス業に与える影響は数知れないと思います。

 

 

電車内の赤ちゃんの泣き声がうるさいだとかCMの表現が不適切だとか、確かに批判の対象とされる人や企業にも何かしらの非があるのかもしれませんが、比較的大勢の人からまるでリンチのような形で袋叩きされるようなのは少しオカシイと思います。

 

 

なぜこのような社会になってしまったのか

 

なぜ日本がこのような不寛容な社会になってしまったのか・・・

いくつか理由や原因があるとは思います。

 

もちろん、自由に自分の意見をネットという障壁の低い場所で発言できるようになったのは大きいと思います。SNSの発達も大きく関連していることは確実です。

 

時代の流れというのもあると思います。

昔の日本にあった道徳観というものが薄れてきているというのもありますし、便利な時代になって来たからこそ、少しの不便や不都合に怒りの感情を抑えることが出来なくなったとも考えられます。

 

 

 

 

まとめ

 

今後ますますサービス業界の風当たりは強くなってくると思います。

ただ、このままの状態が続くことは好ましくありません。

 

サービス業に従事している人の心身の負担は増えていくばかりですし、生産性も一向に上がりません。

 

サービス業が理想の道を歩んでいくにはどのような社会であるべきなのでしょうか。

 

わいが思うに、サービス受給者は寛容な心を持つこと、サービス供給者は消費者の意見を聞きすぎないこと。これが必要だと思います。

 

不寛容な精神は誰も幸せになりません。

誰かにダメ出しをするということは自分も他人からダメ出しをされる危険性があります。

 

それが回りに回って、社会の不寛容性を作り出します。

 

 

他人のふり見て我がふり直せという諺がありますが、他人の行動や振る舞いが気になったとしてもまずは自分の悪い部分を直してみてはどうでしょうか。

 

自分の悪い部分を知ることで、他人に対しても多少の悪い部分を寛容な心で見る事が出来るはずです。

 

 

 

そしてサービス供給者はぜひ意見を聞きすぎないようにするべきです。

 

 

少数派の過激な意見やクレームに流されて、その都度サービス形態を改善したりしていると確実に生産性が落ちていきます。

 

低い生産性は結果的に企業にとってマイナスですし、労働者も逃げていきます。

労働者が逃げればさらに生産性は落ちます。低い生産性がまたしてもクレームや悪評の原因になるといった悪循環も生まれます。

 

 

サービスの供給者や受給者の立場は対等です。

最近は受給者の立場が大きくなりすぎている気がします。

 

ぜひ対等な立場でお互いが気持ち良い関係を築けるような社会になれればと思います。