他人の目を気にする必要はない!ある病気にかかり、皆さんに伝えたい事
どうも!くろやんです。
GWも終わり、あと1カ月もすると梅雨の時期、そして本格的な夏になりますね!
この前は30度近くまで気温が上がり、急いで衣替えをしました。
こうなってくると気になるのが汗とか体臭ですね。
ところで、皆さんは「精神性多汗症」という病気をご存じでしょうか?
多汗症というのは聞いたことがあると思います。
通常、汗というのは身体の体温調節のために出てくるものですが、それが体温調節という枠を超えて、異常に出てくる症状。これが多汗症です。
主に、顔・ワキ・手に異常な発汗が見られ、日常生活に支障をきたすまでになります。
この多汗症に精神性という要素が加わったものが精神性多汗症という症状なんですが、うまく説明が出来ないので専門的なところから引用すると・・
極度の緊張や不安、恐怖心といったストレスを感じた時に大量に発汗してしまう多汗症を精神性多汗症といいます。
誰でも緊張や不安、恐怖心などを感じると平常心を保つことが難しくなってしまうということは珍しいことではありませんが、精神性多汗症の方の場合、 こうした緊張や不安、恐怖心といったストレスが発汗という形で表れてしまうことで更に人目が気になるようになってしまい悪循環に陥りやすくなってしまいますので注意が必要です。
「多汗症相談室」より引用
と、まあこんな感じの症状をまとめて精神性多汗症と言います。
なぜ、こんな話題を今回投げたかというと、わいが以前発症したことがあるからです。
今はもう気になることは無くなりましたが、中学高校時代はコレに本当に悩まされました。
これから暑くなる5月~6月頃。いつも憂鬱な気持ちになっていました。
今回はその時の話と、その時の経験を通して、皆さんに伝えたい事を書いていこうと思います。
きっかけは電車の中での出来事
この症状の出始めというのは罹った人の中でもあまり意識することはありません。
気づいたらなってたという人も多いです。
わいはある出来事をきっかけにこの症状に悩まされることになります。
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ある日のことです。
その日は寝坊をして、学校に遅刻するぎりぎりの時間でした。
学校に間に合うギリギリの電車に飛び乗ったんですが、その際に肩掛けカバンの紐の部分を扉に挟んでしまい、そのまま電車は発車。
かばんを取ることが出来ずにもがいていました。
電車はかなり混雑しており、その中で必死にかばんの紐を取ろうともがいていた姿は周りの人間から少し滑稽に見えたと思います。
次第に恥ずかしくなり、顔が赤くなりました。
駅まで全力で走ったこともあり、額からはジワリと汗が・・・
次の駅で、かばんは無事に取り出すことは出来たのですが、なぜか顔の汗が引きません。
周りの目がずっと気になってしまい、汗は弱まるどころか頬をつたうまでに。
汗をかけばかくほど、ますます周りの目が気になって、ついにはアゴから滴るまでの大量の発汗になりました。
どうみても異常です。
たまらず、途中駅で下車。
気持ちを落ち着かせ次の電車に乗りました。
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それからというものの、通学の車内ではなぜかその時の記憶がよみがえってしまい、
何もないのに汗をかいてしまうようになってしまいました。
精神性多汗症に悩まされた日々
この精神性多汗症というのは、発汗を気にしてしまうとさらに発汗してしまうところにあります。
周りの人間から、暑くないのになぜそんなに汗をかいているのだろうと思われているかと考えてしまうと、さらに緊張状態に陥るといった悪循環に陥ってしまうのです。
この症状に罹っている人にとって地獄とも言える場所が3つほどあります。
満員電車
教室(社会人だと会議室とかにあたる?)
美容室
この3つです。
つまり、発汗しても逃げられない状況にある場所ですね。
美容室では何回トイレに行ったことか・・・
この症状の原因は一概には言えない部分もあります。
自律神経の乱れともいわれていますが、根幹にあるのはストレスと言われています。
わいの場合、きっかけはありますが、ずっと感じていたことがあります。
それは人の目を気にしすぎてしまっているということです。
それがストレスになり、わいの場合大量の発汗という形で出てしまっていたのです。
人の目を気にすること。それは大きなストレスになる
思春期である中学高校時代、身体も大きく変化していく中で心も大きく変化していきます。
その中で何かと他人と比較してしまう年頃であり、コンプレックスを抱きやすく、他人の目というものに敏感に反応してしまうことが多くなります。
人の目を気にするということはとてもストレスがかかることです。
他人にどう思われているか。
バカにされているんじゃないか?
哀れに思われているんじゃないか?
変な人だと思われているんじゃないか?
こういったある意味疑心のようなものが頭に浮かんでくると、とても大きなストレスとなって自分の身体に溜まってきます。
親に人と比較されるといったことも、他人の目を無意識に気にすることになってしまいます。
他人の目を気にしなくなったら、自然と症状は治っていた
いつからかはハッキリ覚えていませんが、中高で悩まされていたこの症状も、浪人時代くらいにはぱったりと無くなっていました。
浪人当初は、大学に落ちたコンプレックスから、他人とどうしても比較してしまっていました。
でも、次第にそんなことはどうでもよくなってきたんですね。
高校卒業以降というのは、大学に進学する人・就職をする人・何か夢に向かって頑張る人など、それぞれ自分の進みたい方向に進んでいきます。
どれが正解とかいうものはありません。
あえて、正解だという評価をつけるのなら自分の満足のいく道に進んでいくことであると思います。
浪人時代にそれぞれの道に進んでいく人たちと出会っていく中で、ああ。別に他人の目を気にしたり、他人と比較したりする必要は無いんだと感じるようになりました。
そう思えるようになってからは、人前で緊張することもなくなりました。
ありのままの自分を受け入れ、他人に流されない自分らしい生き方をする。
こういったことが大切であると思えるようになりました。
自分は自分という考え方をもつことの大切さ
精神性多汗症という症状に悩まされてわかったこと、そしてそれは皆さんに伝えたい事でもあります。
それは自分らしさを大切にしてくださいということ。
他人がどうとかこうとか言って、別に憧れている人でもないのに自分らしさを捨ててその人生き方に沿って生きるとか
そんなの馬鹿がやることだとわいは思います。
自分には他の人にない強みがあるし、弱みもあります。
性格も人それぞれだし、好みだって全く違います。
自分は自分である。他人の目に縛られない人生を送ることが本当に大切なことだと思っています。
そしたら今抱えているストレスというものはかなりの部分が軽減されるのではないでしょうか?
余the談
今までの内容からは外れますが、目標となる人を定めることは大切です。
あまり自分は自分と独自路線に突っ込みまくると著しくレールから外れてしまう可能性があります。
わいも独自路線に突っ込みすぎたがゆえに・・おっと!これ以上はやめときましょう!